[ 戻る ] [ リロード ]
N A M E
E -MAIL
U R L
題   名
コ メ ン ト
注   意 NAMEとコメントは必須です。タグ使用不可。最大記録件数1000件。削除は管理者のみ可。

文 字 色
ア イ コ ン 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17

1336 ・・・・・ 池田 kd106170112025.au-net.ne.jp  
 静岡も冷たい雨が降っています。
 約300ページの上巻を読み終えて、そして約300ページの下巻の中頃まで読み進んだそんな深いところで、ようやくそんな浅いところに気付くというそのすっとぼけっぷりは、やっぱり常日頃の生活をほとんど完璧な一人暮らしで過ごし続けているというその一点に尽きると思われます。だからって決して引きこもっているわけではないのですが、海に山に街にとこの寒い冬にも自然を過酷なほどに楽しんではいるのですが、ただそこに人との会話だけは足りなくて、やはりいつも一人きり、浅はかの深みにはまりがちになるものなのです。物事を見ても物事を考えても、結局それほどはちゃんと見ずに考えずに一人で素通りしてしまうような事が度々起こるものなのです。ここで例えばと始めるとまたどこかへいってしまうし、この例えばを言いたいがためにどうでもいい夜明け前の話をしているので、さっさと本題で伝えましょう。
 僕はこの夜明け前という本の「第一部」という区分を上巻を読み終えて下巻の中頃になるまで一切気にしていなかったのです。僕はいつまで経っても約300ページのその全ての左ページ上に書かれている「第一部」が「第二部」に変わらない事に少しも気付かなかったのです。気にもしていなかったのです。もちろん、そんな文庫本は世の中の何処を探しても一冊もないでしょう。第一部上巻の途中で第一章が第二章に変わるように突然第一部上巻が第二部上巻には変わる事はあり得ません。それは区分がおかし過ぎます。いくら昔の本でもあり得ません。そして第一部上巻があるという事は必然と第一部下巻もあるということなのです。そしてそれは絶対に第一部下巻なのです。そこも突然第一部下巻ではなくて第二部下巻になんて絶対にならないのです。そんな事は読む前から分かっていた事なのです。ややこしい。とにかく第一部があるということは必ず第二部もあるということなのです。わはっは(笑)
 それなのに何故第二部の存在をすっかり忘れて第一部下巻の中頃で僕は顔面蒼白になったのか?
 本当に参りました。これは大げさではなくて、胃の上のあたりの何とか穴とかいうであろうツボが小刻みに回転しながら熱くのど元にせり上がって来て、赤い玉がポンって魂の化身として飛び出してしまいそうなくらいに自分のうっかりに、開いた口が塞がらず涎も気にならないほど戦々恐々としておののき参ったのでした。
 結局ですね。
 「夜明け前 島崎藤村」は第一部と第二部がまさかの完全な続きものだったのでした。と言われても「なにがまさかなん?」と誰もが思うはずです。その通りです。第一部と第二部は続いていて当たり前なのです。そこが僕の浅はかな深みに嵌ってしまった勝手な一人思いこみだったのです。
 僕はこの第一部と第二部を、龍馬がゆくの回天編と怒濤編であったり青春の門の筑豊編と自立編だったり、なんならチームバチスタとジェネラルージュぐらいの繋がりぐらいなのだと勝手に思いこんで、その思いこみもほとんど無意識のうちに、夜明け前を手に取ってしまったのでした。
 ところがどっこい、なんと夜明け前は第二部の下巻のとんでもない結末に向かって第一部は存在したわけで、そんなわけで第一部の合計約600ページを読み切ってみたところでこれっぽっちも話が盛り上がらなかったのは当然のことだったというわけなのです。ただしかしです。
 それならば、ところでどっこい?
 この第一部と第二部の定義はいったいなんなのでしょう?それならば山崎豊子のように、上中下巻、もしくは一巻、二巻、三巻四、五巻でいいではないですか?夜明け前の場合は文庫本が第一部、第二部にそれぞれ二冊づつですから合計四巻でいいではないですか?なのになぜ第一部と第二部の区分が必要だったのでしょうか?なんていったって第一部でなんの盛り上がりもなく下巻の最後に第二部に続くって、「半蔵の目にはまだ何も見えていなかった」とは書いてありませんでしたが、まあそんな感じのひとまずの締めで、なんで急にそこから第二部〜なのかもさっぱりわかりません。結局、夜明け前は中央公論の連載で昭和七年に三ヶ月間のブレイクタイムがあって、そこが第一部と第二部の定義なのでしょうけども、別に藤村さんも「さー、三ヶ月後から第二部だ」というほどの区分はなかったように思うのだけれど。全部僕の思いこみには間違いありませんが、第一部と第二部の使い方が若干現代とでは違う気がするのも僕の思いこみだったのかな〜。あ〜、先に言ってくれれば絶対に読まなかったのに。「一部が面白ければ二部も読もう」ぐらいに無意識に考えていた程度だったのに、まさかその第一部と第二部の定義が、ハーフタイムを挟んだ前半と後半みたいな区分だったなんて思いもしませんでした。

2012/02/06(Mon) 14:31:19

1335 ・・・・・ 池田 kd111107145124.au-net.ne.jp  
さて余計な事を書いて疲れてしまう前に、二度も続くにしてしまったどうでもいい話を終わらせないといけません。

 小さい頃、たぶん小学校に入る頃、ぐらいからだったと思いますが「本を読め、本を読め」と父親はうるさく僕に言いました。でも僕は本を読みませんでした。というか、ずいぶん遅くまでちゃんと字が読めなかったものですから、本を読もうとしてもどうにも頑張りようがなかったというのが本当のところなのです。そんな、机にじっと座っているだけで先生に褒めて貰えたような僕の事をまったく知らない父親は、人様が聞いたら思わず吹き出してしまうような的はずれな事を、字のちゃんと読めない小さな僕に繰り返し、繰り返し教えました。
「省一、本を読めと言ってもサスペンスやミステリーやSFは駄目だぞ。あんなものはなんの教養にもならん」
 最近、僕が本屋で手に取るものといえば、この父親の教えをすっかり忘れた、このミステリーがすごいシリーズや海洋冒険小説や医療サスペンスものばかりです。今さらこの僕には教養は少しも必要ありませんが、そのようなジャンルの本をここ十数年の間読みあさってきて、ふとあの頃の父親の教えを思い出してみて、少し気付いた事があるのです。それはこの父親が読むなと言っていたジャンルの小説にはもう一度読み返したいと思う物語があまりないという事です。これは僕の感想ですから、そんな事はないという人はもちろんいるでしょう。もしかしたら、そのような、人生のこの一冊、というような本に僕が巡り会えていないだけかもしれません。ですが今のところ、このジャンルの小説は、その結末を知ってしまえばそれで終わりというようなものがほとんどで、結局その結末よりけりで、その結末の僕との相性で、その小説が僕にとって味わい深いものであったか、そうでないものであったかのどちらかになるというわけですが、それでもしかしです。そのどちらにしても、もう一度最初からページを捲りたいとはほとんど思わないものがほとんどなのです。その証拠に心のどこかでまたいつか読みたいなと少しでも思っているのなら、そんな簡単にはブックオフに処分しに行かないのでしょう。何年後かにまた手にしたいと少しでも思っているのなら、段ボールの中だったとしても、押入の中だったとしても、一応手元には置いておくはずなのです。この僕も西から東へ、東から西へ、西から東へ、東から中部へとわりかし慌ただしく転居を繰り返して来ましたが、その処分する機会が何度もあったこれまでの生活の中で、これだけは絶対に手放したくないと連れて歩いてきた本が何冊かあるのです。その本を思い出してみました。するとその本たちはどれもこれも、あの頃父親に「省一、読むな」と繰り返し教えられたそれらのジャンルの本でないのですが、まあこれはただ単純に一人息子に対してのそのほとんどが失敗に終わった父親からの教育の、ただ唯一の洗脳的、すり込み的成果かもしれません。
 言ってるそばの冒頭からあっちゅう間に脱線してしまいました。
 さて、さて、その父親が「省一、これを読め」というか「省一、お前、これぐらいは読めるようになったのか」と、これみよがしに僕の前に二冊を重ねてドンと置きそうな「夜明け前 島崎藤村」はというと、非情に頑張って上巻を読み終えた後、ここで一休みすればもう絶対に手にする事はないであろう下巻を、だからもうそれを下巻とも思わないようにして、まるでカードマジックのようにすっと手元で上巻と入れ替えて、「マジで読むの?辛くない?」のその自問自答も十六分割された鍛錬中の脳の一番目立たない小部屋にそっと閉じこめて、そんな風に、ですが結局は籐椅子に四苦八苦で座り耐えながら、頑張って読み進めて、その下巻ももう中頃になるというのに、夜明け前はまだまだ一向に盛り上がりません。主人公青山半蔵がゆっくりと成長していく姿を淡々です。これはもしかしたら、この盛り上がりのなさ過ぎさが、この淡々というか飄々というか、「よくもまあこんなにも長い小説をたいした盛り上がりなしに根気強く作者は書き上げたもんだな、いや〜立派、立派」的な、そんな作業的観点からの名作なのではないのかと思うほど、他に類を見ないほどの、少なくとも僕の読書歴を辿る限りは、今のところ死ぬほど詰まらないナンバーワン純文学「夜明け前」なのです。

 ぜんぜん進みませんでした。何かに似ているなと思ったら、だいぶ古くなりますが、ドカベンのアニメがこんな感じでしたね。このようなシーンはありませんでしたが、その進まない感じを表すと、例えば先週のラストが九回ツーアウト、満塁、ツーストライク、スリーボールで、画面が放射状に真っ赤に静止して「つづく」になって、そして今週の始まりは、そのライバル校のバッターの回想シーンから始まって、そして中CMの明けでやっと先週から続いていた里中の投げた勝負の一球に思えたその一球はなんとファールボールで、結局今週の終わり五分前もまた九回ツーアウト、満塁、ツーストライク、スリーボールみたいな。でもこんなんと違って引っ張りに引っ張られても、とにかくドカベンは面白かった〜。

「おはようございます。静岡は良い天気です。」

2012/01/31(Tue) 07:20:24

1334 ・・・・・ 池田 kd119107127246.au-net.ne.jp  
東京は雪が積もっているという昨日でも静岡は日差しがとても強くてお昼の間は暑いくらいでした。
 気温はまあまあ低かったとは思いますが、日差しと共にしっかりとした紫外線が伸びてきていましたので、「仕方ないなー、そろそろ切ってやるかなー」って隣の庭に相当侵入した我が家の樫の木を切ってあげるということで、「今日のおばちゃん家の晩ご飯の二品ぐらいは駄賃に頂けますよね」と隣のおばちゃんに遠回しに催促のおしゃべりを試みながら、それはそれは大胆に、隣の庭に侵入しているそれ以上に、これから隣の庭に侵入すること間違いない枝枝までも、我が家の大事な樫の木を切ってあげたのに、まったくなんにも貰えませんでした。どうやら残念でした。もしかしたら一日遅で明日かな?それほど隣のおばちゃんのおかずはどれもこれも美味しいのです。一体?話の方向が違います。
 今日のお昼に隣のおばちゃんに晩ご飯の催促のおしゃべりを試みながら我が家の大事な樫の木を大胆に切っていたら、もうそれはそれは暑くて暑くて五分もしないで半袖になってしまいました。
 しかし本当に静岡は無用に横に長いと言われる暖かい県です。僕は小学校時代、長袖を持っていなかったので、半袖半ズボンでオールシーズンを過ごしたのですが、それは静岡だからこそだったのだと改めて思いました。
 だからって暖かさに調子に乗ったその勢いでパーカー一枚バイクで買い物に出かけましたら、さすがに寒くて冷たくて、家から500メートルぐらい走ったところでVターンを決めてダウンを着に戻ってきましたけども。そこまでは静岡も暖かくはなかったということです。
 
 いつまで経っても夜明け前という小説は盛り上がってきません。もう読み出して二百ページを越えているのに一向に盛り上がりを見せません。一冊約300ページの上下巻の長編小説であるにしても、そろそろ一度ぐらいは大きな盛り上がりを見せてもいい頃なのに、主人公の青山半蔵と同様に話の方ものろのろとしていて、正直言って読むこと自体にとても忍耐が必要な苦読の刻が久しぶりに訪れました。それでも一行も飛ばすことなく頑張ります。だって一度飛ばしてしまえば癖になること間違いないのです。とにかく上巻の後半辺りまではまっことクソ詰まらない夜明け前なのでした。
 ですからすこし集中力を失うと、その器用さをもっと鍛錬していけば、ゆくゆくは二分割が四分割。その次は八分割。そして八分割が十六分割といった具合に、この僕の眠り続ける右脳と左脳もそうやってフルにコントロール出来るようになれば、これからの僕の人生が大一変するのではないのではなかろうかと本気で考えてしまうほどに、それはそれは器用に、例えば夜明け前の中の地名を読んで「昔、この辺りにスキーに行ったっけな。たしか車山高原だったけかな?ところで誰と行ったんだっけかな?あの子と行ったな。あれ?あの子の名前は思い出すけど名字が思い出せないぞ。えっと、なんだっけ?なんて名字だっけ?思い出せないのはおかしいぞ、だけどなんかド忘れでもないような嫌〜な感じの忘れ方だぞ〜、くっそ」と全然違う事を考えながら何ページも捲ってしまえるほど、詰まらないのです。また違った。
 えっと、その名付けて「うわの空読術」を「うわの空」でなくする事が出来れば僕の頭もよくなるかもと思うのです。
 説明すると、左脳でも右脳でもどっちでもいいのだけれど、まず分割された脳の一部屋で本を読んでいます。そしてもう一部屋でその本の内容を理解します。そしてもう一部屋でそれを映像化して、そして次の一部屋でその内容から想像、連想をおこして、また次の一部屋ではその想像、連想からおこし生まれた自分自身の思い出を回想して、その次の部屋でその回想の中で出てきたド忘れした友達の名字を思い出すまで考えつづけているのだけれども、その間も最初の部屋でしっかりと本は読んでいるので。そしてその次の部屋でもしっかりとその本の内容を理解しているといったようにってなんのこっちゃ?わからん。
 とにかく詰まらないのです。まだ鍛錬していなので読んでいるはずなのに一字一句頭の中に残ることのないその「うわの空読術」を、ボーっとするたびに何セットも繰り返し繰り出してしまうほどに、夜明け前第一部上巻の200ページ辺りはとにかく詰まらないのです。
 ですけど「いけない、またうわの空の術を使ってしまった」と術を使い始めた辺りのページには頑張って戻ります。「ここまでは読んだ記憶があるけどここからは読んだ記憶がまったくないから、じゃあここから〜」といった具合に戻るのです。

 すいません。余計なうわの空のくだりでこんな朝早くからさっそく疲れてしまいました。ということでまさかのまた続くでお願いします。
では朝の挨拶を。「おはようございます。今日も足下にはお気をつけて〜」

2012/01/25(Wed) 05:19:13

1334-1 ・・・・・ ゴッド jig140.mobile.ogk.yahoo.co.jp  
Uターンですよ

2012/01/27(Fri) 19:28:47

1334-2 ・・・・・ 池田 kd111107145124.au-net.ne.jp  
おう、なんだ、びっくりしたぞ。波多中くんじゃないか。
で、最近、どうだい、どうだい?まさかVターンでもないでしょ?
きっと君の事だからアルテミスの矢がたくさんお尻の穴に刺さって抜けなくなってしまっているんじゃないかって心配してたんだよ。
でも直接聞くと僕と君の仲だから僕も自分の事のようにリアルに落ち込んでしまいそうだから、出来れば大山くん達を活性炭にして、そんなこんなもオモシロオカシク聞けたら、いつも以上にお酒が美味しそうだけれども。
 では、たまにはメールくださいね。僕もメールしますよ。メールくれないと直電しますよ。平日の夜九時以降に直ですよ。

2012/01/31(Tue) 07:45:05

1333 ・・・・・ 池田 kd211018041048.au-net.ne.jp  
 島崎藤村なのか藤崎島村なのか、そこまでとは言いませんが、ほとんどその程度の知識で「夜明け前」を手にしました。
 昭和三十年発行、価格110圓。
 今の文庫本ではあり得ないほどの文字の小ささで一冊3百ページほどで長々と続いていきます。
 その茶けた文庫本を開くと左ページの上に一部と書いてあり、右ページの上には夜明け前と書いてあります。
 この夜明け前という本は中学校の頃にテストの問題でカタカナを選択して答えた事がある、きっとほとんどの皆さんもよく知っている全く読む機会のない知識上の名作と呼ばれている、実は謎の本なのです。そんな本でしょ?
 僕は当時から、テストや受験で答えた正解の本のその内容をまったく知らないのは如何なものだろうかと子どもながらにいつも思っていました。
 わっは。かっこいいでしょ。だから四十を前にしても、それをとても恥ずかしい事のように僕は突然閃いたので、そんなわけで僕は「まずは夜明け前を読んでみるぜ」と勢い、閃きました。本当にこれはただの勢いです。
 その証拠に「マジでこんなの読むの?本当にこんなの読むの?」と頭の中のかなりクリアーなオフェンスな部分でそう何度も思いながらページをめくり始めました。
 しかし、そこはあっぱれ。時間はたっぷりあるぞと言わんばかりの我が家の籐椅子に座り込んでしまえば、やっぱり文系ファミリーのディフェンシブな力がはすに構えて、「読んで損ということはないのです。読んで勿体ないということは決してないのです」とどんどん読んで行くのでした。
 途中、「候、候、ござ候」「候ところ、候ところ、候儀、御座なく候」は全部端折っても問題ありませんです。
 なぜなら藤村さんはいい人らしく、その後に説明してくれます。本当にそこは有り難く思いました。
 その点説明をまたっくしてくれない「わからない奴は読むな」的な作家も当時の人の中にはたくさんいるのです。
 実際のところ、大正から昭和初期にかけて当時の市井の人たちが、古文や漢文をどのくらい当たり前に読めたのかはわかりませんが、それにしても小林秀雄という人なんかは昭和五十三年に我が作家人生の集大成と言って執筆して書き上げた(十年ぐらいは掛かっているらしいけども)「本居宣長」の中で、「候、候、承知候、候て、候へば不及候」と引用した後に、「だから宣長はすごい」の一言であっさりと片づけて何の説明もなしに次へと話を進めていくそんな不親切ぶりが全編で、まあそれで当たり前の時代の天才だということは分かりますけれども、でもきっと平成時代からこの後は、あっと言う間にまったくなんのことか全くわからない当時の名作として、なんとなくで伝わっていくのだろうなって、僕なんかが大変おこがましいですが、普通〜に思います。だって普通に考えて昭和五十年代当時にそんな本を出していいわけないもんね。どう考えても読める人しか読めない本ってことだもんね。決して専門書でもない、とても面白い本らしいのだけれども。
 そういう意味でもやっぱり時代の中で作品を作らないといけない、時代を見据えて作品を作らなくてはいけないって、おっとどっこい、また寂しげに自分で自分の耳を痛めるちょっと関係ないところへ突入しそうになったところで、どうにも今日は戻れる気がしなくなってしまいましたので、久しぶりに続くにします。
 ちなみになるべく一筆書きの練習をしているのでこの先下手くそはすいませんと申し候(もうすぐやめるからね)

 そういえば「亀」って続き書いてなかったな。「えっと亀はね」と書くのも寂しいな。やっぱりちゃんと書くかな。
(続く)

2012/01/20(Fri) 23:22:22

1332 ・・・・・ 池田 kd211018045091.au-net.ne.jp  
デンゼル・ワシントンが主演なのでそのデンゼルの頭文字のデがサブリミナル的にデデデして、助演の俳優のデも前へ前へとつんのめってしまって「デ?デ?デイ?デマ?デッマ?」といつまで経ってもマット・デイモンの名前が出てこなかったりするこの僕の頼りないおつむにも、一応のアルファー、ベーター、シーターの脳波があるらしくて、とくにこの頃の、「疲れる事をしないから疲れ知らず」で入る寝床では、なんとも不思議な事が日々起こるものなのです。
 (半睡眠と半覚醒のアルファーな状態で見た夢、ただし睡眠学習をするには眠り過ぎ〜)
 夢の中の韓国の女優さん「デー、デー」
 夢の中の池田「この人、なんて名前だっけかな?」
 (一度目が開いたような気がするがまた寝るような夢を見たか、本当に起きたか?)
 夢の中の韓国の女優さん「サラゲー、サラゲー」
 夢の中の池田「あれ?この人なんて名前だっけ?」
 (どうにも気になって仕方ないので起きて必死で思い出そうとする夢を見る〜)
 夢の中の韓国の女優さん「カンペーイ、カンペーイ」
 夢の中の池田「イ?イ?ソン?ホン?へ?ギョ?ユリ?」
 (デンゼルとデイモンの時と同じぐらい夢の中でイライラする夢を見る?その時〜)

 夢の中の池田「あれ?そんな事よりちょっと待ったー、このドラマ、全96話ってことはどういう事や?ということは2年か?まず放送は週一で間違いないだろうし、ってことはスタートから最終回まで丸々2年掛かったってことやんかー」
とハッと気が付いてパッと目が覚めたのが今さっきです。

 おはようございま〜す。今日も寒いですね。

 で?で?で?だから、で?
 で、何が一体不思議なのでしょうね?
 僕にもそれは分かりませんが、でも4×12×2を夢の中で計算出来た事は僕にとって、とってもすごい事なのです。 算数の苦手な僕にとっては「たいへんよく出来ました」のスタンプ級の出来事なのでして、それをなんと夢の中で解いてしまうだなんて、それとも夢の中だから解けてしまったのか、そこを不思議と言いたいくらいかな。
 ちなみにそのドラマのタイトルは思い出せませんが、そのタイトルの横に全96話と書いてあったことだけは覚えていたようです。
 しかし恋愛ものや歴史もののようなしっかりとしたストーリーのある、水戸黄門ではないテレビドラマを二年越しでとは、創る方も見る方も根気強いですね。
 韓国の人、恐るべしです。
 

2012/01/13(Fri) 06:32:01

1332-1 ・・・・・ 池田 kd211018045091.au-net.ne.jp  
 おっと。
 だな。かっこよく禿げたいな。奇跡的に卍やハードモヒカン柄で禿げでもしないかな。失礼〜。

 分かってます。
 「かっこよく禿げる」の「かっこよく」のそのほとんどは心の中のもっともっと心の奥の超内面的なものから生まれてくるそんな「かっこよさ」だということを。
 でもやっぱりちゃんとした仕事とちゃんとした生活環境が一番その「かっこよさ}には大事かな。

 いまのところ、僕にはオール欠落です。がんばる。

2012/01/13(Fri) 07:02:51

1331 ・・・・・ 池田 kd111107131109.au-net.ne.jp  
 いい天気の日曜日です。
 十時過ぎにいつものように庭に出て散水をしていましたら、防水の薄いアノラックを着ていることもなんだか季節はずれな気がするほどの陽光が、今しばらくはちゃんと開きそうにない僕の目の上の重たい瞼に暖かく乗っかってきました。
 そしてフードを垂れ下げた首筋から上、特になんだか最近危ない気がするのだけれど、でも決して若ハゲの類ではもうないわけで、ですからね、いずれ近いうちに必ず訪れるその時がやって来た時は、どうぞお構いなく。是非ともそれは自然の事として、どうか見て見ぬふりをするというような面倒くさい心模様さえも描かずに、だからって「省ちゃん、すっかり禿げたね」とも言わないでほしいので、とにかくその時にその事に関しては何も思わずにいて下さいと前もってわりと無理なお願いをしておきたい、そんな熱感知に少々微妙に敏感になりつつある僕の頭頂部にも、思いの外、熱く、その眼差しの陽光が向けられたので、いつもの起き抜けの体は一瞬よりも若干長めの勘違いで、
「あれ?もう春だっけか?あれ?」
と思うのでした。
ちなみに僕の父親は頭頂部からでした。

 いけない。僕はこの寒い冬の時の、まるで贈り物のように届けられたこの暖かな陽光を、そんな頭の話で台無しに皆さんに伝えるつもりではなかったのです。
 (もう外は曇ってしまいました。そろそろキーボードもひゃっこいです)
 もっとこう、自転車の黒いサドルがすこし欲張りに暖かな光を集めている様だとか、銀色の物干し竿が暖かな光と時折流れてくる白い風の小さなバランスで透明に見えたとか(なんのこっちゃ?)姫リンゴの鉢にうっすらと立つ霜柱たちが
暖かな光にゆっくりと溶け出して、煉瓦のように冷たく固まった赤玉土をやんわりと湿らせていく様子、そんな見ていても一向につまらない様子なんかを、こうどうにかしてたまにはうまく書き書きして今日は伝えてみようとしたのに、「暖かく乗っかってきました」まではきれいに書けたのに、なんで頭の話になってしまったのか?
 やっぱりそれだけ気にしているということなのでしょうか?でも、僕が一番女の子に興味があった、そして出来るだけ女の子に興味を持ってもらわなくてはならなかったあの頃に「これは30歳まではもたんのんちゃう?」とハンチングを持ち上げて覗き込んだ、あなた、そして貴様達にこれだけは強い口調で言っておきたい。

 「あなた達のの目は節穴です」

 さてと。散歩にでも行きましょうかな。

2012/01/08(Sun) 13:54:48

1331-1 ・・・・・ 182-167-5-166f1.hyg1.eonet.ne.jp  
少なくとも「これは50歳まではもたんのんちゃう?」

ね〜

俺は、前方からですが、まだ先の話と思われます。遺伝に感謝。
ま、もう、女の子とラブリーに話すこと無いから問題ないけど。
これだけは、言えます。鏡に映っているのが真実です。

カッコよく禿げたいね。

2012/01/09(Mon) 23:09:25

1330 ・・・・・ 池田 kd111107142121.au-net.ne.jp  
 甘いものを食べたくなったので、気を紛らわせます。そんな二日連続の書き込みなのでいつも以上に適当だよ。

 サトイモ

 僕はむしょうに煮物を食べたくなった時、家の近くの惣菜屋さんで煮物の盛り合わせを買います。
 だけどそれに箸を付け終わると、結局本当に食べたかったのは高野豆腐とサトイモぐらいだったわけで、その他のニンジンやタケノコやこんにゃくは別にいらなかったといつも思うのです。
 だから今年は自分で煮付ける手筈でサトイモを単体で何度か買いました。
 うれしいことにサトイモは家の周りの無人販売で超激安で買うことが出来るのです。
 でも一人暮らしの僕にとってはその無人販売の百円でビニール袋にぎゅうぎゅう詰めになったサトイモだと、今日の晩ご飯は山ほどサトイモ、明日も朝からいっぱいサトイモーぐらいにハンパない量のサトイモなのです。

 「サトイモ、しばらく見たくない」

 だからこの頃は冷凍のサトイモを買ってます。フライパンで煮魚を作る時の隅っこに何個かころころって転がせておけばそれで十分な事に気が付いたのです。結局は安上がりですし。
 おや?思ったより寂し気な話になってしまったような気がする?
 ちなみに新鮮なサトイモ、冷凍のサトイモ、煮込んでしまうとその味の違いがあんまりよく分からないのは確かに寂しい。
 うーん、なんで寂しい話になったんやろ?


 

2012/01/05(Thu) 00:45:40

1329 ・・・・・ 池田 kd111107147196.au-net.ne.jp  
 あけましておめでとうございます。
 今年もなんとなくでよろしくお願いしまーす。
 さてさて、今年は一番最初に誰と会話するのかな?
 今から楽しみです。

 元日におめでとうを言いますとか言っておいて、大晦日から食べては飲んで読んで寝て、飲んでは読んで寝て食べてたら、もう三日の夜になってしまいました。
 滅茶苦茶あっという間やったわ。
 このスピードで一年が過ぎたら去年と同様に、またすぐにお正月がやって来そうですね。実際、去年は人生で最速にあっという間やった一年でしたから。
 あえてその最速感をせりふで言わせてもらうと、
 「そう言えば今年も終わりやね、思えばあっという間やったね」のような師走の街の方々で交わされたおっとりとしたそれではなくて、
 「えー、今年ももう終わりなん、なんで、なんで?なんでなん?いつも間に?ぜんぜん気付かんかった」と少しばかり狂った感じです。
 とにかくあっという間やった。あっという間過ぎて記憶が途切れ途切れで、それが去年の出来事なのか、それとも一昨年の出来事なのか、はたまたその前の年の出来事なのかとごちゃ混ぜになって分からなくなるのは、もう脳の中の問題のような気もしますけど、とーにかく、僕の記憶力はすこぶる落ちてます。だから今年はそこを頑張るぞ。
「イエッサー」

 しかし、正月に一人飲むお酒がとても体に悪い気がするのは何故でしょう?それはとってもお得なほど酔うのです。
 親父が生きていた頃の正月と比べても、ライブハウスで正月を迎えていた頃と比べても、年末から年明け数日の総積算量はあの頃に比べれば何十分の一リットルぐらいしか飲んでいないはずなのに、すっごい体に悪い気がするし、実際体調もあんまりよくないし、更にあんまりずっと美味しくないし、でもすぐにへべれけになるしで、全体的には寂しいです。ということはだな?ということは結局一人は寂しいってことなのか?そういうことなんか?なんか直覚した気がする。
 しかし、あかん、あかん、そんなんゆうたらあかん。
 気を取り直して最近の僕の座右の銘をここに書き初めすると、
 「一人暮らしはフリーダム」

 おっと、余計寂しいな。

 では、これからもっと寒くなるので皆さんお風邪には気をつけてください。
 僕もお風邪に気をつけながら、そろそろ今春に向けて、花粉症対策に病院へ通おうと思っています。なぜなら、去年は一番きれいな咲き誇る山に入れなかったのでね。
 でも一回だけ頑張ったんだよ。
 「まー、きれいなお花。とってもきれいなお花っくしゅん、とっても花っくしゅん、花っくしゅん、めー、かゆー」
ではせっかくの色とりどりの春のお山を楽しめないものであそばせ候。 
            2012正月 ikeda shouichi         

 

2012/01/03(Tue) 21:46:08

1328 ・・・・・ 池田 kd119107100243.au-net.ne.jp  
ご返信ありがとうございます。
 時々はこういったご返信が池田池田したこのBBSの中に挟まり混ざらないと、「この人、酔っぱらってずっと一人で喋ってる」とあまり僕のことをご存じでない方に、勘違いされてしまいそうで、この頃そこら辺を危惧していた矢先のお二人からの書き込みでしたので、心から有り難うと申し候。
 ところで、これだけを読んでみて、冒頭からなんとも気持ちの悪い、全くピタッとこない人たちへあえてもの申すね。
 「{この人、酔っぱらってずっと一人で喋ってる}は、別に勘違いでもないと思うけど?」と思われたあなたと貴様は確かに正しい。こう自分で書いた僕も正しい。
 だけどそれは僕のことをよく知っているから口を揃えて言えるわけであって、僕と酒杯をしょっちゅう交わしている人だから全会一致で言える事であるわけで、もとい僕が言いたいのは、僕の事をあまりよく知らない人がこのBBS上のみで「この人、酔っぱらって一人でずっと喋ってる」という安易な判断をして貰っては甚だ困るということなのです。
 確かにそれはそうです。その判断が安易であれ、吟味であれ、どの思考を辿ろうと、僕は影武者を必要としない市井の輩だし、BBS上でも、金の蔵、笑笑内でも、何もかわらない同一人物ですので確かにそれはそうだ。見事なまでに結果は同じです。
 飲み出して三時間もすれば、「この人酔っぱらって一人でずっと喋ってる、BBSと同じ」になるでしょう。でも、だからと言って一緒に飲んだこともない人に、そう思われるのは心から悔しいのです。
 こんな事を書き込んでしまったら、余計僕と飲む手間を省かれてしまうではないかと心配になりだしました。失敗したかも。
 でもその日は少し口内炎がひどかったり、「池さん、今日は行儀良くやりましょう」と苦言をさされていたり、「省ちゃん、今日はお口はチャック気味で」と指図されていたりする時もあるから、だから皆さん、是非来年は一回ぐらい僕と飲んで下さいね。お願いしまーす。

 明日はお正月ですね。テレビが映らないので(アンテナがバーニング)、家にこうして一人いる限りまったくその雰囲気が分かりませんが、もう少ししたら親父の為にと言いながらの、大吟醸でも買い出しに町に出ようと思っています。

 IQ問題は本当に適当ですいませんでした。この適当は{1−15の空欄を下のアーソで適当に埋めよ)の適当ではなくて、「ちょー適当」の分類の適当です。
 でも1番から五番まで全てに今年は思い入れがあるものばかりを問題の中に並べられて僕は満足です。その程度のそんな適当でした。
 それでは、一日早いけど「おめでとうございます」はちょっとなんですので、また明日「おめでとうございます」を言おうとは思っています。忙しかったクリスマスと違って、このお正月はハンパなくゆっくりしているので。

2011/12/31(Sat) 12:40:56

1328-1 ・・・・・ p3172-ipad07kamokounan.kagoshima.ocn.ne.jp  
 あけましておめでとうございます。
返信を歓迎していただいてうれしいです。
池田氏の池田worldに水をさしてはいけないと
思いつつの返信だったので・・・
では、これから邪魔しない程度にたま〜に参加しまーす!
今年もよろしくでーす! 

2012/01/01(Sun) 23:43:33

1328-2 ・・・・・ 池田 kd111107147196.au-net.ne.jp  
「あけよろー」(携帯なら絵文字がいっぱい)

2012/01/03(Tue) 22:02:03

1327 ・・・・・ 池田 kd111107123014.au-net.ne.jp  
 さすがに静岡も寒いです。
 今年初めて暖房を入れてます。ということは今まで無暖房だったのか?と思われると思いますが、その通り、無暖房でした。それほど、静岡は暖かいということです。
 だけど、静岡にずっと住んでいる人は、優越感すら味わうべきこの暖かさにもすっかり慣れてしまっているようで、少しばかりの冷えで、スーパーの二重につい立てられた自動ドアのその真ん中で、買い物かごの手提げを忙しく腕に通したあと、見ず知らずの僕なんかに「今日は冷えるっけね」と手をこすりあわせながら話しかけて来たりするのです。
 そう話しかけられた僕は、「え、ぜんぜん冷えてないでしょ?こんなの大したことないですよ」とはもちろん言いません。「いやー、今日は冷えますねー、やっぱり夜ご飯は鍋ですかねー?」ぐらいの腕は持ち合わせています。すごいっしょ。なかなか、僕も40を前にしてやれるようになってきたというプチ自慢でした。
 でもその後がいけない。
 スーパーの中でその人ともう一度顔を合わすのが気まずいというか、とっても面倒くさくなってしまって、そのスーパーのなかなかの大きさのフロアーの、一見さんには買い物しづらいであろうカーブを基調とした独特な通路を、普段よりもキビキビと歩き、そして買うべきものをしっかりとこの頭、小学校低学年の時に担任の先生がお母さんに「省一君、普通にはあるので心配しなくていいと思いますけど?」とこっそりと教えてくれたという平均IQを維持しているかどうかが怪しげなこの頭の中でその買い物リストを復唱しながら、「省一君、やれば出来るじゃないか」な完璧に近いスーパー通路一筆書きを達成した後、三番レジスターへと猛進してみたのさ。(のさ?)
 ところで、家に帰ってから気が付いたのだけれど、スーパー通路一筆書きなんかに気を取られて、そしてもっとも注視し続けた「今日は冷えるっけね」のあの人の影を、おびえるほど面倒くさがりながらの買い物は、結局、一体何を買いに行ったのか、大体何しにスーパーに行ったのかと思われるほど散々なお惚けぶりで、忘れるわ、忘れてるわ、余計だわ、余計すぎるわ、そして一番大事な博多の華(麦)まで忘れた始末で、さー、大変。どうしよう?どうだろう?
 はたして今僕は平均ぐらいあるのでしょうか?

 Q,この中で野菜でないのは?

 1 サトイモ 2 ヤキイモ 3ミズナ 4ミミズ 5ブロッコリー

 ちょっとだけ心配になるな。大人のIQテストってないのかな?その後の治療とかもあるから、健康保険がきくといいです。

 

2011/12/28(Wed) 13:28:33

1327-1 正解は・・・・ p3172-ipad07kamokounan.kagoshima.ocn.ne.jp  
ヤキイモやん!あれ???ヤキイモって野菜?
この時点で私のIQヤバイやん。
ていうか、重度の早とちり症やなぁー

2011/12/29(Thu) 23:55:50

1327-2 ・・・・・ 182-167-5-166f1.hyg1.eonet.ne.jp  
40を前にして、問題を最後まで読んでから落ち着いて答える程度の腕前は持ち合わせているので、「4ミミズ」と余裕を持って答えます。
食品成分表の分類からいくと、芋類と豆類は、野菜では無いのですが、八百屋的感覚からいくと、芋は根菜(大根と仲間?)豆は果菜(南瓜と仲間?)なのかな・・・・
だがしかし、「2ヤキイモ」は、どちらとも言えないっしょ、料理名でしょ?
IQテストにこんな問題出るのですか〜?

2011/12/30(Fri) 12:25:45

Message Board System v1.2 ©Copyright 1998-2003
-Last Modified 2002/3/17-